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Motorsport

GR86/BRZ Cup プロクラスの第2大会 スポーツランド菅生。エントリーリストが発表されると関係者がざわついた。RECARO RACING TEAMの609号車。荒木謙一郎。誰だ?

2013年にこのワンメイクレースが開催されて以来、数多の国内トッププロドライバーが名を連ねてきた。今や国内でも屈指のワンメイクレースと称され、このレースで優勝することはSUPER GTで勝利するのと同じぐらい難しく、価値があると言われている。そのぐらい参戦するドライバーの技術が向上し、このレースで戦うことはプロドライバーでも厳しいとされている。ゆえに名もないアマチュアドライバーがこのプロクラスに参戦することはない。TRA公認のドライバーとしてではない肩書きでこのプロクラスに参戦するアマチュアドライバーも、その多くがひとクラス下のクラブマンシリーズで腕を磨き、実績を残しながら、プロフェッショナルシリーズにステップアップしている。荒木謙一郎は、レースへの参戦実績もなければ、菅生を走った経験もごくわずか。この新型BRZのCup Car Basicでの走行経験もない。その中でのGR86/BRZ Cup プロフェッショナルシリーズへのデビューとなった。

荒木謙一郎は、RECARO RACING TEAM 2年目の2020年から佐々木孝太選手の906号車担当メカニックとしてチームに参加。以来、チームが成長する大きな柱のひとりとして牽引してきた。誰よりもこのワンメイクレースに情を注ぎ、誰よりも研究しつくしている。ただそれはメカニックとしてであった。そのメカニックが担当する佐々木孝太選手と同じステージで、同じドライバーとして、いきなりレース参戦となったのだ。

きっかけは、2022年開幕戦の富士。レースウィークの金曜日。予選前日の夜だった。チームが作業を終えてスタッフ全員で食事をしているとき。チーム代表のレカロ 前口氏がメカニック荒木に「このワンメイクレースにドライバーとして走ってみたいか?」と問う。荒木は「走ってみたい」と答えた。モータースポーツの世界では、ドライバー、エンジニア、メカニックの専門性が高く、かつ分業性が徹底している。ドライビングのこと、マシンのこと、テクニカルなこと、それぞれが絶対領域をもって調和している。そんな中、このワンメイクレースの魅力のひとつにその調和の破壊にある。ドライバーが、メカニックが、チームスタッフ全員が、知恵を重ね合わせ、ひとり何役もこなしながら、それぞれが垣根なく意見を交わす。なぜならレースに使用するマシンが、一般的なレーシングマシンではなく、公道を走るナンバー付き車両であるということがその理由だ。ドライバーが感じること、メカニックがマシンに込める技術には、限界がある。プロドライバーがマシンはこう操れば、マシンはこう動く。メカニックがマシンをこう仕上げれば、マシンはこう動く。それが通用しない。プロドライバーは、なんでもないナンバー付き車両をレーシングマシンのように操り、メカニックはあらゆる知恵を封印し、あくまで車両規定に準じた基本車両整備の精度だけを突き詰めていく。矛盾の塊なのである。プロドライバーが、プロのレースメカニックが、このワンメイクレースは厳しいレースと言う原因のひとつはそこにある。だからこそ前口氏は、このRECARO RACING TEAMが、壊したくても壊すことができない目の前の壁に対して、非常識とも思われるメカニックのレースデビューを考えた。メカニックが担当するプロドライバーと同じステージで、同じドライバーとして走る。そうすることでこのチームに存在していた絶対領域の調和をぶち壊せるのではないかと考えた。その夜、その日に、荒木のレースエントリー手続きが完了した。

「めちゃくちゃ怖い」そう語った荒木謙一郎の言葉がすべてである。ワンメイクレースを知り尽くす荒木が放ったその言葉の重み。覚悟。想い。
RECARO RACING TEAMは強くならなければならない。


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