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Motorsport

レーシングドライバーの田中哲也選手。1965年12月生まれ。年齢60歳を超えるも現役で活躍する国内トップカテゴリーの経験豊富なベテランドライバーである。2026年、RECAROは、出会ってから10年の時を重ねて "ブランド・アンバサダー" としての正式契約を締結した。

田中選手のここ20年は、現役でのレーシングドライバーを続けるも、GT-R R35型 NISMOの開発ドライバーや、ポルシェジャパンのドラビングレッスン(ポルシェトラックエクスペリエンスなど)のチームインストラクター、そしてSUPER GT300クラスのチーム監督などへと活躍の場を広げている。

田中選手の学生時代は、高校野球の名門校「天理高校」から立命館大学へ進学し、プロ野球選手の道を目指していた。しかし、大学でチームメートとなった元プロ野球選手の古田敦也氏のプレーする姿を見て、プロ野球選手への道を断念したという(本人確認済み)。一方で、自動車免許取得後、クルマへの関心も高かった田中選手は、在学中にジムカーナ競技への参加も始めた。卒業した翌年の1990年には、プロのレーシングドライバーとしてデビューを果たした。野球選手からレーシングドライバーの道へ。「当時は、先のことを考えることもなく、ただただ無我夢中だった。それが良かった。周りの大人たちに混じってクルマを走らせることが楽しかった。褒められたり、怒られたりの繰り返しだったけど、たくさんの人に可愛がらってもらえたから、これまでの自分があったんだと思う」と語る田中選手。

国内トップカテゴリーのフォーミュラ・ニッポン(現在のスーパーフォーミュラ全日本選手権)と全日本GT選手権 GT500クラス(現在のSUPER GT500クラス)へのデビューは、ともに1996年だ。当時31歳。レーシングドライバーとしては遅咲きである。しかし、レジェンドドライバー長谷見昌弘氏が現役を引退するまでの5年間に渡ってチームメートを務めたり、日産NISMOのワークスドライバーとして長きに渡りトップカテゴリーで活躍してきた。その経験から、当時日産GT-R R35型の開発責任者であった水野和敏氏からの信頼が暑く、初代GT-R NISMO(R35型)の開発ドライバーを任された。RECAROと田中哲也選手の出会いは、まさにこのGT-R NISMO(R35型)の開発現場であった。

世界に通用するスーパースポーツカーの開発を目指した水野氏からシート開発を依頼されたRECAROは、世界最高水準のスポーツシートを開発すると意を決して望んだ(のちの SP-X Avant)。このシート開発を担ったのがRECAROの大島氏。「とても大きなプレッシャーでした。しかし部品メーカーが自動車メーカーの開発現場に同行し、シートの評価を直接聞く機会をいただいた。サーキット現場でシートに手を加え、すぐに実走行で確認していただき、フィードバックをもらいながら、さらに手を加える。その繰り返しでした。こんな素晴らしい経験をさせていただいたのはRECAROにとって大きな財産です。水野さん指揮のもと、凄まじい緊張感と熱量に溢れた開発現場でした。クルマを鍛えるだけではなく、人も鍛える。まさにそんな現場でした。その経験をもとに他の自動車メーカーさんの開発現場にも立ち会い、シートの評価テストからフィードバックを直接伺うことでより良いモノづくりが生まれると意識するようになりました」と語る大島氏。この現場でRECAROと田中選手が出会った。この開発現場に同行したRECAROのマーケティング責任者だった前口氏。走行を終えた田中選手のもとに行き、フィードバックを聞こうとした瞬間、田中選手の肩にある大きな "コブ" に目を疑ったという。「シートの評価を伺う前に、そのコブは何ですかと思わず聞いてしまいました。すると、先日別の仕事でサーキット走行した際、あまりにもひどいシートだったので、こうなってしまったと言うんです。よくあることですかと聞くと、そうだと笑い飛ばされました。そのとき、田中選手に一目惚れしました。シートの評価を聞くと、良いシートほど何も感じない。何もないということは、それだけ素晴らしいシートということですと答えてくれました」と前口氏。

その後、前口氏は、大島氏とタッグを組み、RECARO PRO RACER RMSの開発プロジェクトを立ち上げた。「真っ先に相談に伺ったのが田中選手でした。ただのプロドライバーではなく、国内トップカテゴリーで活躍するレーシングドライバーが、ナンバー付きの競技車両で真剣勝負に挑むワンメイクレース GR86/BRZ Cup(当時86/BRZ Race)。そのレースで、プロドライバーが使いたいと望むシートを開発したいと考えました。保安基準適合という高いハードルはありますが、大きなヘッドプロテクションのような形状ではなく、単に剛性やホールド性能が高いというだけではなく、プロドライバーの研ぎ澄まされた感度の高い運転技術に相応しい、今まで誰も見たことのない "本物" の競技用シートを作ろうと大島さんと話をしました。そのためにもサーキットの現場で開発したいと田中選手にお願いしました」と前口氏。田中選手は、当時所属していたスーパー耐久シリーズのチーム "岡部自動車" に協力を要請。実際のレース現場で開発が始まった。前口氏と大島氏は、幾度もサーキットに持ち込み田中選手の評価を仰いだ。シートが完成に近づくにつれ、GR86/BRZ Cupに参戦するプロドライバーらにもサーキット走行での評価を依頼した。その当時の世の中は、"ミニバン" の全盛期。マニュアル・ミッション車どころか、スポーツカーすら人気があるとは言えなかった。社内外の周囲からも競技用シートの開発など時代錯誤と批判を浴びた。しかしRECARO PRO RACER RMSは、発売と同時に「納期1年半」というRECAROの長い歴史にないほどの注目を集めた。時代に関係なく、メーカーが "本物" を開発することができれば、人は心が躍り、モノは売れると、自動車業界では大きな話題となった。

PRO RACER RMSを発売した翌年の2019年。前口氏が立ち上げたRECARO初のRECARO RACING TEAMは、GR86/BRZ Cupプロクラスへの参戦を開始した。2020年、モータースポーツの世界でチームづくりの基礎を学ぶことを目的に、経験豊富な田中選手にドライバーとしての加入を依頼。その年のRECARO RAICNG TEAMは、佐々木孝太選手、井口卓人選手、そして田中哲也選手という3人のドライバーを擁して3台のマシンを走らせた。その年、9月の十勝スピードウェイでチームは初優勝も経験した(ドライバー井口卓人選手)。

RECAROの強いDNAが注ぎ込まれた "RECARO PRO RACER RMS"。それはまさに、GT-R NISMO(R35型)の開発現場で貴重な経験をさせてくれた元日産自動車の水野氏。そして運命的な出会いで繋がった田中哲也選手の存在が大きく影響した。その田中哲也選手は、2026年より、RECAROの公式ブランド・アンバサダーとなった。


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